「ガンバる」ことに対するアンチテーゼ
人生ガンバって生きてきました。でも何か、虚しいですね。もちろん報われたこともありますが、楽しいこと、思い出に残ったことはあまりないです。
「ガンバった」って言っても、ガンバらされた見たいな感じですし、ガンバっていないと存在意義が無いみたいだから、無理して、ケツ叩いて、走ってきた感じです。
だから、「ガンバる」ってことに、疑いの目を向けていますね、今は。。もちろん、本心でやりたいことやってるんだったらいいですが、そうじゃなかったら、あえて、惰性的にテキトーにやってみるのもいいんだと思います。
勇気いりますけどね、この日本社会じゃ笑